■こんな優しい子供が育つ町にできたら■2009.7.3
こんにちは。
いつも自らの病気体験にまつわるブログを書いていますが、これからは、病気のことだけでなく、人生につきまとう喜怒哀楽や生き様、感動事、夢希望などについても書いてみたいと思っています。
今日は、早速、感動話について書いてみます。
私のブログ読者でもあり、良き相談相手をしていただいておりますMさんのある日のブログから心打たれたのでご紹介します。
ある日、郵便ポストに暫くぶりに友人からの手紙が入っていたそうです。
中を空けると、俺(友人)も暫くぶりに感動、心が洗われたよと、障害の子供をもたれたお母さんの体験実話を綴ったいい話の文書だったのです。
その文章を読んで、Mさんも、友人同様に感動と人間の優しさが込み上げてきて震えがとまらなかったそうです。
私も同じようにその文書を読んで涙が止まりませんでした。
その文書をそのまま紹介します。
そこには、「ちょっといい話~坊やありがとう~」と書かれていました。
知的障害を持った小学生を持つお母さんのお話でした。
我が子の隣に小児麻痺で左腕が不自由な子が隣に座りました。
この子の兄は知的障害児で、家でも学校でも障害を持つお友達が横にいる。
なんて、かわいそうな子なんだ、いっそ転校させようかと夫婦でも話したそうです。最初の体育の日です。
この小児麻痺の子は、着替えるのに30分も時間がかかり、遅れてきました。
それでも先生は何も言わずにこの子を放っておくことにしました。しかし、二回目の体育のときには、初めからきちんと我が子と一緒に並んでいるではありませんか。
どうしたんだろうと、3回目の体育のときに、先生はこそっと陰から見ていると我が子が着替えを手伝っていたそうです。
七夕の日のことです。
この日はちょうど授業参観日でした。
先生は、願い事を書かせて、それを教室の後ろの笹に下げておきました。
お母さんたちが集まったところで、先生は一枚一枚短冊を読んでいきました。
「おもちゃを買ってちょうだい」とか「おこずかいをちょうだい」というようなことが書かれていました。その中に、一枚だけこう書かれておりました。
「かみさま、ぼくのとなりにいるこのうでをなおしてあげてください」
先生は、この祈りに近い短冊を読むと、あの体育の日のことをこの子のお母さんに話しました。小児麻痺の子のお母さんは、我が子がどんなに教室で不自由しているのだろう、迷惑をかけているのだろう、申し訳ないことをしてしまったと、教室に入れずに廊下からじっと様子を見ていました。
しかし、先生の話を聞いたとき、突然廊下から飛び込んで来て、べったりと床に座り、私の息子の首にしがみつき絶叫しました。
「坊や ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう・・・・」
その声がいつまでも教室に響き渡ったそうです。
私はこの文書を読んで、わが町も、このような心優しい子供たちが育む町にできたらと思わずにはおられませんでした。
そして、難病の子供たちの支援を通して、日本のシンボルである富士山麓に、これらの子供たちがいつでもキャンプができる常設キャンプ場ができたらと夢を馳せるのでした。
その暁には、難病の子供も、障害を持った子供も、そして、元気な子供も、一緒になりバリヤーフリーの教育や野外活動を通して、この坊やのような心優しい子供たちで溢れる町になることでしょう。
そんな施設ができたら、わが町富士宮市には世界中から、このキャンプ施設に難病の子供たちやご家族が訪れることでしょう。
さあ、ともかく、来年のサマーキャンプ場所の確保にお手伝いをしよう。
(自然と風景明媚な富士山麓での、難病の子供たちのキャンプ実現のために)
難病のこどもたちの支援活動にご協力ください。
NPO法人 難病のこども支援全国ネットワーク






